7月 2014

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今年1月「村の子」と「三陸鉄道が行く」が出来上がり、コンサートの練習が本格化しました。といってもどうなるのかまったくわからない状態での出発。

にもかかわらず、久慈からの参加者が日を追って増えていき、練習は楽しく熱をおびていきました。4月になって盛岡の友人3人が片道2時間半かけて通い、八戸からもひとり、それはそれは楽しい歌のレッスンで、ついついわたしまで一緒になって歌うことに。

7月27日、遠くは兵庫県佐用町から神戸から東京、仙台から有志約30名が加わり沿線各地のコーラス隊とで80名の合唱がおこなわれました。

津波でぼっこぼこに歪んだ野田村体育館はきれいにリホームされ、その場での演奏は感慨深いものがありました。

450名の観客に何をあたえられたかはわかりません。けれども目に涙をためて喜んでくれたおばさん、おじいさん、そして恩師や村の人たち。上田先生のすばらしい曲がみんなに感動をくれました。

しん

ガクヤ楽屋風景

れれコーラスけやき本番前の練習

 

たいいく会場の体育館

楽屋2きれいにお化粧して・・

本番です。 80名の歌声が体育館に響き渡りました。観客とコーラス隊がひとつなったとおもったのはわたしだけでしょうか。

何かが伝わり、何かがかえってくる。とてもだいじなものが・・ ふんわりと歌にのって。

ここうさあ、交流会で〜す!

残った松が一本見える。ここに数百軒の家並みがありました。

空が透けるように青い。

海が

 

 

 

 

わたしが住んでいるひとつ山裏に山田という集落と川原屋敷という集落があります。

「チョウセンアカシジミ観にいかない?」と誘われてウホウホよろこんで出かけた小雨降る日曜日。

トネリコトネリコの木に生息

なんと老木はご用がないみたいで、若い木じゃないとだめなんだそうです。みずみずしく若いはっぱは美味しいのですねえ。

ぞろぞろ雨の川原を、ぞろぞろと

堤防をどうですか?いますか?

チョウセンアカシジミいました!小さなかわいい蝶です!

アカシジミ2こんなに間近で観れるとは

チョウセンアカシジミは昭和12年野田村で発見され、昭和62年久慈市の天然記念物に指定されました。地域の人たちの協力のもと、トネリコの木を植えるなどして生息を守っているそうです。なんてすてきなんでしょう。市文化財室のみなさん、ありがとうございました。

ごましじみ看板もっとめずらしいゴマシジミもいるぜよの言葉につられて見晴らしのよい川原屋敷から野田への道すじに

ごましじみまだ早いはずの蝶がひらひらとやってきて目の前にとまりました。品のある美しい蝶です。

(まだ出るには早いみたいで、らんちゃんに電話するとちがうかも?? はてどうでしょう?)

大好きな作家の本を立て続けに読む幸せ。養老先生の三部作「大切なことは言葉にならない」内田先生の最新版「呪いの時代」、そして村上春樹の「小澤征爾さんと、音楽について話をする」をガチンコ読んじゃった。本はなんて楽しいのだろう。そして本はなんて気前がいいのだろう。つくづくそう思う。

「良き音楽」は愛と同じように、いくらたくさんあっても、おおすぎるということはないのだから。そしてそれを大事な燃料として取り込み、生きるための意欲をチャージしている人々が、この世界には数えきれないほどたくさんいるのだから」(P30)

今、コーラスに参加してみて音楽のもつ力にあっとうされている。そこに集う人々の目の輝き、あかるい言動に、おどろき、感動し、魅入っているわたし。

 

被災地になんど通っても、この一線だけは越えれないというおもいがあり、仮設住宅に足を踏み入れることができませんでした。

先日、コーラスの練習のあと、Iさんが「来て来て」というので深夜の仮設のお宅にお邪魔した。小さい部屋に小さいコタツがあり、小さな花瓶にかれんな花が飾ってあった。お茶ときのう漬けたというカブのお漬け物をご馳走になった。仮設の住民が入れ代わり立ち代わりやってきてくつろいでいくというその部屋は、狭く小さいのになんとあたたかい部屋なのだろう。

部屋の角に一遍の俳句が無造作に貼られていた。

身一つとなりて 薫風ありしかな  佐藤 勲

温和なご主人の句に、おもわず引き込まれてしまった。

くずまき

 

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