10月 2011

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という質問が巣子の歯医者さん、三浦先生からきました。巣子時代のわたしが通っていた歯医者さんです。当時は本の話なんかしないで、先生お得意のオシラサマの話など民話の話をしてましたよね。

先生はわたしのブログを見てあまりの村上好きに、ひとつ読んでみようか、という気になったらしいのです。お嬢ちゃんの本棚に村上本があったらしく余計そんな気になったのでしょう。

そんで、一番すすめたい本といわれてはたと困ってしまったわたしです。まんず、めったなことでは人様に本を薦めません。環境も感覚も捉え方も千差万別みなちがうからです。わたしの本選びは、まさに神業といいましょうか本能的に新しく出会うべき本にすっと手がのびるというかんじです。本に導かれるといいましょうか、そんな感じ。ほとんど狂いなく当たりです。まあ、いつも本屋を巡っているのでめざとく新しい本がわかるというのが正解でしょうが。

以上えらそうに大層なことを書いたまま、風邪をひいてダウン。

治ったかなとおもったらまたぶり返して、かれこれ2週間にもなりますかいな。珍しいことになにもしたくない。なにも考えたくない。ただからだを休めていたいだけ。それで「そうか。そうか。あんた疲れっちまったのかい」と何もしないようにしていたんですよ。なにもしないけど、なんか頭はさえない。さえないうえに、気力までが消えていくようなかんじ。

そんなかんじで、ゴホゴホついに声まで嗄れてきて、おばあさんみたいになってきて、そのうちこうなっちゃうのかと思うとますます・・・やばいやばいというかんじの2週間でした。

身体が弱ると心までも弱るんですね。くわばらくわばらです。今日はすこぶる(とまではいかないけど)爽快です。今日の空みたい。ちょっとクールな青空。

 

さて、村上春樹ですが、先日毎日新聞に「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」の書評がでてました。(おや、わたしより遅いやんけ・・)「村上ラジオ」とかエッセイはどれも気楽に読めて100倍お得という感じです。「遠い太鼓」もし、暇があったら読んでくださいね。この本は村上文学がどのようにしてできていったのかがリアルタイムでわかります。「ダンス・ダンス・ダンス」や「ノルウエイの森」が、この紀行文と平行して書かれていったのです。

あと、初期の短編の「カンガルー日和」。そして、中期の長編「国境の南、太陽の西」。こんなところが私のお薦めです。もちろん、独断と偏見ですよ。

 

 

 

もう7ヶ月が過ぎたのだ。

この日わたしは午後のあの時間に、あの場所へ行こうと決めていた。

そして失ったものの残像を追ってみようと思っていた。

 

お昼、マドンナに「お昼食べてって」と声をかけて、家人を待たずに少しはやい昼食を二人で食べた。

今年、庭の「かっくい」はだめだったが、舞茸がなった。夫の努力のかいがあってというか、いとこの先導の賜物といおうか、すこし貧弱ではあるが舞茸の天ぷらと松茸ご飯(前日の残り)と、舞茸でお出汁たっぷりの天ぷらそばをふたりで食べる。

 

家人にお昼をだし、1時すぎ、野田村へむかう。宇部から野田にむかう一本道の右側に瓦礫置き場がマンモスのように横たわっている。作業員が少しずつ片付けを始めている。

 

バイパスから旭町に出る道におりる。いつも通っていた前浜に行く道。

見渡す限りの草原。みな赤茶色にそまっている。その向こう役場が見える。岩手銀行の建物が見える。赤い鳥居。その先に緑の小高いお山、あれは愛宕山。そこに村を見守るように愛宕神社がある。

 

前浜から旭町、本町、横町、前田小路、門前小路、北区。その日、人々は半信半疑で愛宕山にのぼったという。ぞろぞろと、みんなが逃げ始めたから、おらも行ったのさ、まさが、あんな津波がくるどはおもわながった、と村の人々はいう。それで波にのまれずにすんだ人々がどれぐらいいたのか。もしあの津波が真夜中だったら、人的被害はもっと増していただろう。

 

バイパスを下りて前浜に続く道は土嚢が積み上げられ、一歩も入ることができない。えんえんと続いていた松林の残骸を土建屋さんのトラックがはいり、片付作業が始まっている。

 

バイパスを下りて右側に同級生が働いていた修理工場があった。道の両側は家が立ち並んでいた。真新しい家も数多くあった。この先には中学の同級生の家々もあり、「ここがしいちゃんの家、ここが岡本君の家と、一歩一歩確かめながら歩く。コンクリートの土台がわずかに残る以外は赤茶けた枯れ草が寂しげに風に揺れている。

家のない町並みは、なんと物悲しいのだろう。

旭町にでたところで、バイクのおじさんがやはりふらりふらりしている。自転車のおじさんもふらりふらりしている。

本町に出て前田小路につづく道路からおばさんがふたりやってきた。よく見ると、親戚のTさんと顔見知りのKさんだ。ぶらっと散歩に来たという。むこうからも二人連れの女性が来る。みな、あの日を思い起こし、足がこの地に向かうのだろう。

 

家跡の庭先に真っ黒な実をつけたものがあった。なんだろうとよく見るとそれはミニトマトだった。津波の残骸がこの小さないのちにも、毒々しく、息づいている。

写真は2010年11月12日撮影。

まだ、カメラなしの生活です。カメラなしもなかなかいいものです。ただ黒いトマトは撮らなきゃというおもいにかられました。

 

 

来内。ほどもち、おいしいよ!(写真は去年のもの) 

10月8(土)・9日(日)久慈市山形町で恒例の「ぐれっとやまがた街道祭」があります。

毎年、盛岡から友人たちが来て街道祭を楽しむわたしですが、今年は行けません。8日は八幡平での植樹で、9日は盛岡で結婚式です。先週につづき2週つづきの結婚式です。

実はじつは「MMちゃんが結婚した夢をみた」と娘がいうのでなんとなく気になりながらきのう友人(MMちゃんの母)に電話した。すると、そうなのよ。10月1日に結婚したのよ、という。それも旧山形村出身の人だという。1日盛岡八幡宮は6組の結婚式があった。わたしが出席したのは1番目で2番目の式がMMちゃんの結婚式だったのだ。式が終わって外で写真撮影をしていたとき、もう一組の花嫁がむこうに見えた。角隠しのきれいな花嫁さんが。それがMMちゃんだったのだ。なんというミスマッチ。MMちゃんの幸せそうな顔みたかったなあ!

なにはともあれ、ほんとうにおめでとう!

友人とはいつもこんなシンクロ的ハプニングがおこる。頻繁にあう友人ではないがモンゴメリがいうところの腹心の友だ。わたしより本を多く読んでいる人はめったにいないが、この友人は児童文学についてはかなう人はいないだろうというぐらい本を読んでいる。そして思慮深く、つつましく控えめ。ときどき与えてもらう言葉に、はっとするぐらい重みがある。少し先輩なので、わたしは彼女の後ろ姿を見ながらぽちぽち歩んでいるのかも。

 

さて「ぐれっと街道」のあとは、10月16日(日)平庭闘牛大会もみじ場所があります。みなさん、みに来てくださいね!!

ぐれっと街道祭、 おいしもの、たくさんありますからね〜!!

 

わたしは、明日とあさっては留守ですよー。

 

 

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