12月 2013

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昨夜NHK教育で村上春樹の番組があって、今夜仕事部屋の掃除をしようとラジオをつけたら英語で読む村上春樹をやっていた。春樹文学はどうやら二手に別れるみたい。ノルウエイの森」と「羊をめぐる冒険」の系列。アジア圏は前者で欧米は後者。リアリズムとファンタジー。わたしはどちらも好きだけど初期の短編がすごっく好き。

爆笑問題の太田くんは春樹文学は嫌いらしい。向田邦子が好きなのに以外だ。何を言いたいのかわかんないというところみたいだけど。ものを言えない人の気持ちがわからないのかも知れない。言いたいことがあったら言えよということなんだろうけど、たぶん世の中言いたいことが言えない人のほうが圧倒的に多いと思う。間違いなく、そう思う。

リンゴ人とみかん人みたいなものかもしれない。ミカン好きにはリンゴ好きがわかんないし、りんご好きにはミカン好きが理解不可能。いいとか悪いとかいうんじゃなくて、世界はそのような成り立ちでなっている。春樹的に言うとね。

さて、今日は一日中大掃除。片付けて片付けて一年のほこりを払って。まだ終わってない部屋もありだけど。だいぶすっきりした。不思議な事に子どものときと同じことをやっている。大掃除をして餅をついて、母がしたように昆布を煮たり、なますを作ったり、黒豆を煮たり。明日は、ウスで餅をつく。ついたらすぐ娘のところに送ろうっと。

今日は東京のMさんが来た。東京で私のポストカードを売ってくれている。イベントに持って行ってくれたり、友人に売ってくれたり。なんの得もないボランティアなのに、ありがたいなあ・・・ほんとに深謝。そのポストカードも苦労したかいといろんな方のあったか〜い協力で「岩手の学びの希望基金」への寄付が7万円を超すことが判明。震災以来何かせずにはいられない病になっちゃって、困った私ですが、新しい年はせっせと仕事に打ち込まなきゃ。

みなさん、どうかよいお年をお迎えください。では新しい年に!!

 

 

12月も押し迫ってきました。なんだか忙しい今日この頃、向かいの造り酒屋「福来」さんから朝からほんわかいいにおいが。あわただしく人が働いている風情は子どものときからとっても好き。ちょっと幸せな気分になりませんか?

12月は外に出る機会が多く、それも音楽がらみの楽しい日々が重なりました。

「よいお天気の日に」の詩に盛岡在住の長谷川恭一さんが曲をつけ合唱組曲になったんです。その中の一つ「んだらなんす」をキャラホール少年少女合唱団が歌ってくれるというので友だちを誘って行ってきました。ひさびさの小学生にあって、とってもピアな瞳と歌声に、汚れちまったハートも生き返るようでした。

次の週は北上へ。三年ぶりの「びわの会」(がん患者の会)クリスマスコンサートに。手作りの小さな会が、充実し大きく成長していました。東京からきたピアノの名須川真里子さんと、そして21歳二胡奏者の高山賢人さんと詩と音楽のコラボ。とってもいい時間がもてました。みよ子さん、ありがとう!

つぎの日はダンスパーティー、練習不足もなんのその、へたくそでも踊っちゃうワタシって変ですかねえ。でも、もうちょっと痩せたほうがいいとおもうけど・・ね。

翌日は超ハードスケジュールをこなしている音楽家の上田益さんが野田村へ。いよいよ来年7月レクイエムコンサートが野田で開催されることに。コールわさらびのみなさんの小さいけれど大きな勇気ある一歩。こちらもうれしい出来事でした。「とうさんの海」は11月の仙台レクイエムコンサートでも歌われたとのこと。この歌泣けるのよね。なんでだろ?泣きたくないんだけど。

さて、きのうは年賀状書いたし、あとは・・・大掃除だわね!

ながながご無沙汰してごめんなさい。ときどき見てくださっている皆さん。よいお年をお迎え下さいね。

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ほんのちょっと前に白州正子がまだ若かった頃の著作「韋駄天夫人」を再度読み返し、やっぱりこの人すごいなあと思う。街にでて今日は何冊かゲットしようと本屋さんでうろついていたら、白州正子の新しい新書が目にとびこんできた。

「た し な み に ついて」河手書房新書

わたし失敗しないんでという決め台詞のように、本選びには失敗しない。まず、最初のページを開いて数行読む。すっとひきこまれたら、次にぱらぱらっと開いて目にとびこんできた一行を読む、その一行にはっとするような言葉が埋め込まれていたらもう否応無く買ってしまう。

まあ、ありとあらゆるところで失敗だらけのこんこんちきなのだが、本だけはすっとわたしの前に立ち現れてくれる。今回はまたまたいい本に出会った。ちなみにこの本がいつ書かれたものかと調べたら1948年38歳4月とある。その年の11月に上記の「韋駄天夫人」を書いている。

1946年(昭和21年)白州正子小林秀雄、青山二郎と出会う。とあるから、美についても文学についてもほんのかけだしの時期。なんという才気。まったく古さを感じないし、目をみはる新しさがある。そしてこの人の深いところの人間にたいするやさしさがにじんでいるのに気づく。

 

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