‘2011/04’ カテゴリーのアーカイブ

震災の中ですけど、誕生日おめでとう!

2011/04/03

誕生日ケーキ

おや、誕生日ですね?

いったいだれ? 61なんて、そんな人いたっけ・・・・??

娘が盛岡からケーキを買ってきました。また、おいしいケーキやさんを見つけたそうです。

2日(土)は、8人でチームをつくり片付けのボランティアをしました。マッケンジー夫妻も遠くから来てくれました。

3日(日)は、娘夫婦も入り、4人で片付けのボランティアです。

連日の肉体労働で、へとへとにへばっちゃった、へばりんこんです。

そんなわけですから、くわしいことはまたあとで。ごめんなさい!

野田村・ソウイウモノニワタシハナリタイ

2011/04/01

愛宕山

 

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

ソウイウモノニワタシハナリタイ

 

愛宕山の上

堤防も松林も消え、はるかに臨んだ海がすぐ近くに見える 。

宮澤賢治の名をさも訳知り顔でだすのがいやなので、これまで出さないようにしてきた。

はじめて賢治にふれた若かりしころ、「なんだ、ごくふつうのこといってるじゃん」と思った。父もとなりのおっちゃんも周りの人たちはみんな「雨ニモマケズ」だった。

最後の6行そっくりな人もいた。今わたしがおもうのは、この6行がいかに難しいかということ。だからこそ、このフレーズがいちばん好き。

愛宕神社愛宕神社

さて、「今、わたしにできること」というメッセージ。この大震災を前に、だれでもが、有言無言につぶやくだろう。

声を発し、なにがしかの行動ができる人は、わたしも含めあるめん救われる。けれども、そうおもってもなにもできない人もいる。その人たちのことをふと、いや、折々におもう。したくても様々な事情からなにもできない人がいる。それは人がおもう以上に辛いことだろう。役に立つということは自信につながる。そういう経験をひきこもる子たちにさせてあげたい。

愛宕山の下、津波は窓まできている

愛宕山の下、津波は窓のまできている

 

被災地の今3 片付けに

2011/04/01

ゴミの山が

おだやかな朝です。気温がだいぶ緩んできました。

きょうも知人宅へ。

一階はみるも無惨な泥だらけ。とにかく目につくものから、泥をおとし、水で洗う。その繰り返しの連続。

茶碗、鍋、ビン類、花瓶、ショーケース・・・。

一日かかっても、ほんのワンコーナーしかできない。

ふとエンデのモモの中の掃除夫を思い出す。「掃いても、掃いても先が見えない。だから目の前のことだけに集中するんだ・・・・」そんなことをいっていたなあ。

玄関前にはまだ、うずたかい泥とゴミの山。

家の前の道路を、ボランティアの人たちが通っていく。

遠くから来た人には、遠い土地の風がまといついている。この村にはない風のにおいがする。動作も歩くリズムも。

ふだんならちょっと声をかけて、「どこから来たの?」と訊いてみたいところだが、とにかく目の前の仕事を。手を手を動かし、泥と泥を洗い落とす。

本町

昼、役場前では、黒石やきそばとポトフがふるまわれたという。

私はお昼を家の者に用意するために、小一時間ばかり家に戻る。Tさん夫妻は、いただいたようで、「おいしかったよ!」とにっこり笑う。ちなみに、前日は久慈市山形町の「べこ汁」がふるまわれたそうだ。支援は物資だけでなく、人がもっともほっくりする「おいしくあったかい食べ物」へと、ひろがっているようだ。

この日、Tさんの家の写真をどうしても撮ることはできなかった。さしさわりのない形で撮れないことはなかったが、何かがつよく作用する。親戚の家も、Yさんの家も同じだった。

個々の家にカメラを向けるのは胸が痛む。船は町のど真ん中まできていた。

家解体OK

いつかどこかでなにかがあったとき、

わたしもわたしにできる小さなを善意を、お返ししよう。

忘れることなく。

クリームパン支援物資のクリームパンをもらう
検索
コメントの書き方
コメントの書き方がわからない時は
こちらをご覧下さい。