‘絵本を胸に本を手に’ カテゴリーのアーカイブ

「瓦礫の中から言葉を」辺見庸

2012/04/25

伯母が亡くなった。亡くなった当日(4月17日)、わたしは眼に漂白剤が飛び散って入り、いままさに危篤状態の伯母の死に目に会うこともなく同じ病院の同じ階の眼科の寝台の上で、ダーダーと水を眼にかけられていた。

「最悪の場合失明」医者にそういわれた。

眼の表面はぼろぼろで最悪と最初にはなった医者の言葉に動転した。よもやそれが失明と直結するとは。眼はまっ赤で黒目は緑色に変色していた。

翌朝、おそるおそる眼を開ける。左目を手でふさぎ、右目がみえるかどうか確かめる。下半分がぼやっと霞むが視力はある。つぎの日もまた確かめる。霞んではいるが見えることは見える。眼の緑が薄らいでいる。そんな中で納棺をし、火葬をおえ、葬儀を終えた。

伯母は89歳。100まで生きるだろうとみんな思っていた。津波で一階が波をかぶり、新築の着工が数日後にせまっていた。友人知人のいる住み慣れたあの場所に帰って、好きなことをして好きなようにくらしたいと切望していた。それもあとすこしだったのに。

どうしても辺見庸の本が読みたかった。2冊さがしてもらったが1冊しか手に入らなかった。きのうと今日で読み終えた。震災後やっとたどりついた言葉の真実。どこかなにか全てのことに違和感を感じていた。1年を過ぎて、なんだろうこの空疎感は。そしてこの空疎感をどうつかめばいいのだろう。

「瓦礫の中から言葉を」辺見庸、NHK出版新書。うわべのひらひらの言葉からはるかにとおいこの本は、「ごまかすんじゃないよ」とそう語りかけてくる。

 

 

「そうはいかない」佐野洋子

2012/02/09

「そうはいかない」佐野洋子(小学館)

佐野洋子は死の間際まで立て続けにエッセイを出しました。そのほとんど全部がいいのです。「死ぬ気まんまん」とか「シズコさん」とか。

この覚悟、生と死に対する心構えがたまらないのです。あっぱれで痛快、ちょっぴり物哀しい。

この本は33編の物語エッセイ。ふつうのエッセイとはちょっとちがう。晩年佐野洋子は小説が書きたかったのかもと、ふと思う。

さて、この本の光る一文は、と言いますと――このひと言、肝に銘じておくとなにかといいのです。

 

「不幸は、不幸が好きな人間にしっかりと住みつくものである」(とろとろ)

 

 

本でも物でも、本物が好きで〜す!

 

本つげの櫛を買いました。盛岡の某デパートで長崎うまいもの市というのがあって、欲しかった本ツゲの櫛があったんです。本ツゲのブラシに、ほれぼれしちゃったけど、手が届かなかったのよー。ざんねん!

 

絵本「あかちゃんがやってくる」

2012/01/11

「あかちゃんがやってくる」 イースト・プレス 

ジョン・バーニンガム作 ヘレン・オクセンバリー絵 谷川俊太郎 訳                

 

この絵本をすべてのおかあさん、そして、みらいのおかあさんに捧げたい。

とってもとっても、すてきな絵本。

 

男の子と、おなかのおおきなおかあさんが、やがて産まれてくるあかちゃんにおもいをよせて想像をふくらませる、とっても幸せな絵本。

おかあさんと、男の子のたのしい会話。

そしてなにより絵がすてき。さりげないけどすてきなおかあさんと、その日常が 洗練されたあたたかなタッチで描かれていています。

もし、あなたの回りに、これから子どもをもつおかあさんがいたら、

この絵本をまっさきにプレゼントしてください。

きっと、すごくよろこばれますよ!

 

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