‘日々のこと’ カテゴリーのアーカイブ

ブルーライト・ヨコハマ

2011/10/05

ラジオからいしだあゆみのブルーライト・ヨコハマが流れている。この曲が流れると修学旅行を思い出す。あの頃は流れてくる歌謡曲を全部諳んじていた。そして都会にあこがれていた。

 

内田(樹)先生のツイッターを見たらジュリークラブ(?)が道後温泉ツアーを企画。温泉に入って内田先生の講演を聞き、宴会をするそうだ。11月29日、まだ少し空席があるらしい。

「行きたい、行きたい。行きたい!」けど姑がいるシ。ご飯を食べさせてお風呂にいれて・・・。あ〜あ、ちょうど舅の一周忌も終える頃だから、介護ご苦労さんで行かせてもらってもいいと思うんだけど。

 

なんだろ、この自由のなさは。先日もしばらく家を出られなかったので、夫の出張を幸いに2週つづきで、2日ほど家をあけたら、さんざんだった。なにがさんざんだったって? ま、それを言ったらおしまいよ。

 

今時嫁が外に出ちゃいけないなんて通用しないと思うけど、この辺は違うんだわね。若い人がいないのかなと思っていたら、いるんですよ。家の中にこもって親(舅姑)の面倒を見ているんです。今、町内会の班長だから広報も持って回してるんだけど、半年も回っているうちに少しずつ話をするようになってわかってきたのですよ。みんな親の面倒でみてて、疲れきってて、あきらめきってて、それが現実なんですね。

 

わたしもときどきぞっとする。これがまだまだ何年もつづけば、ものを言う意欲もそがれ、うつうつとなんの希望もなく暮らすのだろうなと。

 

せっかくの人生なのに。それってすごく理不尽じゃん。そう思いませんか?

男でも女でも、抵抗できない力でがっぽり押さえ込まれるのって、いやだなあ。実家の母も93歳で長男夫婦の世話になってるし、でも、だれかにしわよせがいくのって、やっぱり変。子育て終わってやれやれこれから自分の人生をと思うよね。ふつー。でもどわっと親の世話がくるんだよね。もちろん介護サービスできるだけ利用してるんだけど。わたしはもうずうっと昔から、子どもの邪魔をしないって決めてんの。(意識としては)自分で自分のことができなくなったら、点滴なんかしないでねって。念をおしてるし。

今日は友だちからのうれしーい手紙を書こうとおもったのに、寄り道しちゃったわいわい。

崖っぷちの松茸さん

2011/10/02

 

マドンナから再三の誘いで、ついに重い腰をあげる。なんとあろうことか、

松茸採りなのである。半世紀以上生きて栗拾いならいざしらず、一度も松茸とりをしようなどと思ったことも、夢見たこともない。

「あのねえ、素人には無理だって。名人だって今年はぜんぜん採れないといってんのに・・」となんどさとしても、マドンナの意欲は消沈するどころか燃え盛るのみ。

「だって、ある場所、聞いたんだよ。道路から200メートルもすればあるんだよ。うちの山だよ。行こうよ、行こうよ。」

まるで熱にうかされたようにいうので、これはしょうがない付き合うしかないと、でかけたのだ。いつもわたしのわがままにも付き合ってもらってるしね。

場所はちと言えないけど、道路脇の崖ぶち。眼下は壮大な海。柵をまたいで薮に入る。なんと足場20センチの崖っぷちを草にしがみつきながらむこうに見える赤松の場所まで渡る。見下ろせば真っ青な海。「うえっ! こんなところを行くの」とびびるわたしを尻目に、マドンナはすいすいと草をなぎ倒して恐がりもせず渡って行く。落ちたら這い上がってこれないないぞと思いながら必死でついて行く。

赤松がはえ、栗や楓やらが数本たちならぶ断崖絶壁の一角。そそり立った崖っぷちゆえか、樹木は密集していない。日差しもそそぎ風通しも悪くない。30メートル下は真っ青な海で、荒波のドドーンという音が繰り返している。

どれどれと足元を見るがきのこの一本はえていない。腐葉土の積もった土をちょこっといじってみるがきのこらしきものは見えない。こんな道路際で松茸があるわけがない、とこっちはまったくあきらめモードで、崖下の恐ろしさに足がもう進まない。

けれどマドンナはぐんぐんと崖をよじのぼり、ついに姿が見えなくなった。付いていくのをあきらめ、しばし眼下の海を見ながら風にあたる。この波の音、はじめて聞く音だ。

前浜で聴いていた波の音は、広い砂浜に打ち寄せるザッボーン・ザッボーンという音だが、ここはドドーン・ドド―ンと豪快な音がする。海は大きい。海は生きている。その広大な海の世界に星の数ほどの魚たちがいて貝がいて様々な生き物たちがいる。「いのち」の宝庫。そこに何でもかんでも流していいはずがないではないか。ましてや放射能なんて。とてもとても理解できない。

昔むかしはるか太古の時代に生物は海の中で生まれました。昔むかし、私たちの祖先は海を母として誕生しました。その母なる海に放射能を流すなんて、なんとむごいことを考えるのだろう。とおい未来のことを考えたらそんなことできるはずがないのに。

 

「おーい!」と、声をかける。

ごそごそと上のほうで音がして、マドンナが姿をあらわす。

「なんにもないよ〜」

ついに観念したようだ。それにしてもいつもさばさばしているマドンナが、なぜか松茸には執着しごくなのが、おもしろい。いつもは、わたしのしつこさがやり玉に上がるのだが、人によっては執着するものがぜんぜん違うのだなと、おかしくなる。

(カメラが壊れました。しばらくカメラなしの生活をしてみます。写真は数えきれないぐらいあるので、それをアップしていきます)

かぼちゃとぶどうの収穫

2011/09/19

雨降りで〜す!

ここんとこ雨、多いですね。刻々と秋が寄せてきて、いつの間にか紅葉がはじまり、そしていつの間にか・・・。秋じまいがいそがしい季節となりました。

きのうは小雨の中、かぼちゃを穫りました。小さいのもあるけど、そろそろ限度かなと思って。9コだけど、もう3コぐらいは穫って食べたりあげたりしたんで、やっぱり12コってとこかな。自然に出てきて、勝手になってくれたんで、有り難きかな、かぼちゃくんでーす。

去年苗木で植えたブドウが、ほら! すごいでしょう。こんなにぶどうがなるなんて、びっくり。いま、食べごろです。あまーく、ちょっぴり酸っぱいです。少しずつ穫って大事に食べます。

ところで、二日ほど家を空けてる間に東京巣鴨スタジオフォーの西島さんからCDが届いてました。いま聴きながらパソコンにむかってます。とっても快調なジャズです。わたしの詩「はんの木ははんの木」(西島さん作曲)も入っていて、ちょっとじわーんと胸があつくなるような曲になっています。とってもいい曲です。だれか歌ってくれないかしら・・。

 豆つぶ畠の枝豆で〜す!

ここ数日、村上春樹を読んでいて、ちょっと気になるところがあり、デビュー作の「風の歌を聴け」を読み返したり、内田本を読み返したりしてます。次は、村上春樹を書きたいです。でも、今週はちょっと忙しいので、書けるかなあ?

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