「養老孟司の大言論 希望とは自分が変わること」

線香花火

よっ!

線香花火。

みんな帰って、やれやれ、の 線香花火!

新盆で泊まり客8人。四十八のろうそく立ても無事にすみ、

ほっと一息。とおもいきや、昨日の午後から雨。

洗濯物が山ほどあるのに、これでは後片付けがながびきそう〜。

ここ2週間はお盆の準備でふりまわされちゃいました。

菓子折り等30箱用意し、四十八の来客用の酒盛りの準備をし、姑宅とこっちの家の片付けと掃除とガラス拭きなどをし、お寺さんのお布施の用意をし、あれやこれやで、フー!!ま、みんな集まって楽しかったけどね!

何人かの人から電話で、それやこれやを話したら、「えー、そんなことやってるの。こっちはそういうのないよ。昔風なんだ!」などど、やゆされ、そうかそうか、やっぱり、そうかと思う。

変わらないのよね。ここの土地。さらにエスカレートしてるみたい。お返しまでしてると、ほんとエネルギーの損失甚だしく、おばかじゃないのと、思ってしまう。けど、やらないとなんだかんだとうるさく言われるので、めんどうくさいから、やっちゃうということなんです。はい、お疲れ様!!

しそジュース

というところに遠くから友人が訪ねてきました。シソジュースとドクダミの乾燥したものとコリアンダーの種を持ってきてくれました。

シソジュースは私も作ったけど、ずっと友人のほうが上手。ドクダミはどうしようかな? いつもドクダミローションを作ってるので、それにしようかなあ。家でコーヒーを一杯のんで、この日は久しぶりで野田村日井の苫屋さんに行きました。

苫屋さんには、先客がいて、話に花が咲いてついつい長居になりました。けど、ふだんできないおしゃべりができて、お盆疲れが半減。

ウバユリ

苫屋さんも関西人で友人も関西人で、「来さす」の意味がよくわからずすっとぼけていると、苫屋のご主人が「そちらさん、関西でしょう」という。「あら、どうしてわかったの」というと「来さす」はあっちの言葉だからという。

こっちのほうでは「来させる」というもんね。微妙なちがい。けど、ちがう。関西弁と東北弁のちがい。おもろいね。それに気質のちがい、多いに面食らうところらしい。かんたんに言えば、もっとはっきり言ってほしいということ。はい、ごもっともです!

希望とは自分が変わること

さて、養老さんの本です。盆前に積み上げた本をいっき読みました。

「養老孟司の大言論 希望とは自分が変わること」新潮社。気にいった文を羅列しますね。以下抜粋。

田舎者は自分の土地のことしか語らない。知らないんだから普遍なんか語らない。うっかり語るとバカにされる。

田舎者は田舎者でいいので、それは開き直りではない。多様性の一部なのである。私が一神教や儒教を嫌うのは、それが都会的な原理主義だからである。

イデオロギーや宗教という、より高級なウソを、偉い知識人たちが暗黙に否定してしまったから、庶民としては、より「低級なウソからでたマコト」に縋るしかないではないか。///人間は要するになにかを信じるしかない動物だということを、高級な人たちが忘れているのである。

現代日本の野菜は、味もそっけもない。

鶏は機械ではないが、機械と同じ扱いを受けている。生きものをそんなふうに扱って、まともなはずはない。それに気づかないのは消費者が現場を見ないからであろう。(ここを読んだとき、ああ、やっと書いてくれたとすかっとした)

自然破壊とは、自然を人が「思うようにしよう」と思った結果に過ぎない。幼児虐待とは、「幼児という自然」を、親が「思うようにしようと思った」結果に、やはり過ぎないのである。(まったく、そのとおり。親は残酷なものです)

希望とは、世界が変わるのではない、自分が変わるのである。その希望を押し殺すのが「変わらない私」、個心である。

 

 

 

コメント / トラックバック 8 件

  1. snowman より:

    田舎の風習って訳の分からないものが多いですね。
    よほど暇な人が考えたのでしょう^^
    突出することを嫌い、身内で固まり異論を唱える物を仲間はずれにする。
    避難所生活で人の裏側をいっぱい見せつけられました。心の田舎者にはうんざりです!

    その話とは関係ないですが、そのうち苫屋でお会いできたらいですね♪

  2. 京コ より:

    snowmanさん
    お元気ですか? snowmanさんも避難所生活をされたんですね。今度ご夫妻でお茶しにきてください。奥さん俳句でしたよね。友だちが会いたがってました。一緒にお茶しましょう。つまんない因習はぶっ飛ばし、若い人がいきいきできる田舎になるように、私たち世代ががんばらばいとね。

  3. 宗春 より:

    少しご無沙汰です。線香花火かぁ……。無心になるのに一番かも。
    お盆大変でしたね(我が方も初盆だったので、てんてこまいしてる京コさんが目に浮かぶ様です)
     私的には、四季折々の年中行事や日本的しきたりはそれぞれに意味や意義があり、大事にしたいと思ってはいるのですが…。いかんせん 田舎の人たちの集まりは、私の器量をはるかに越えててィヤー大変でした。
     そんなわけで、お盆後は盛岡に逃避。明日あたり帰る予定です。またよろしくお願いします。
     

  4. 京コ より:

    宗春さん
    どうしてるかな? と思ってました。やはり盛岡でしたね。いいね、うらやましい。うちは親戚少ないからそれでもずいぶん楽なほうでしょう。宗春さん、大変でしたね。また、お茶しましょう!

  5. マッケンジー より:

    めちゃんこお忙しいお盆が終わるか終わらないうちに、暇人の私が押しかけていったのに、疲れた素振りも見せずに、苫屋さんに連れてって下さって、楽しい時間を過ごさせてもらいました。ありがとうございました。関西弁を聞くと「ホッ」とするから不思議です。
    お盆の疲れも見せずにブログをせっせと更新される京子さんのパワーに脱帽です。
    「希望とは、自分が変わること」、耳が痛い。自分を変えることほど大変なことはないですネ。「相手を変えようと思うな、自分を変えよ」というのも聞いたことがあります。夫婦間でこれは役に立ちました。ストレスが減ります。ツレの方が変わってくれたんですけど・・・

  6. 京コ より:

    マッケンジーさん
    わたしのほうこそ来てもらって、ぷっつん状態が抜けました。おツレのGさんがおっしゃるとおり、ときどきの来客は家の掃除がちょっと念入りになるので歓迎です!「希望とは自分が変わること」これ、お役にたちました?読んでもらえて嬉しいです。27日野田祭りに参加して本やポストカードが売れたら全額図書館再建の寄付にしようと思ってます。よかったら、来てください。

  7. マッケンジー より:

    昨日は、八戸のNHK文化センターに申し込んであった趣味の講座に行ってました。苫屋さんで野田祭りの話が出ていましたが、盛況だったらよかったと思います。多くの人が、いろいろな案を出して、イベントは面白くなりますね。

  8. 京コ より:

    マッケンジー さん
    趣味の講座、楽しそうですね。どんなことをやってるのでしょうか?さて、のだ祭り終わりました。きゅうな参加で戸惑ってしまいましたが無事に終わって、ほっ。外部の人がたくさんでしたが、なんだか寂しいお祭りでした。ボランティア、とおくから、ありがとうございました。ご主人、もくもくと働いてくださって・・・感謝!

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