「金平糖の味」白州正子

「金平糖の味」

合間あいまに白州正子の「金平糖の味」(新潮文庫)を読み返している。何故?なぜ白州正子なのか、ちょっと検証といきますか。

ホトケノザ

5月12日どんよりと灰色の空。風の音がひゅうと時折鳴く。

午前、二度目の整形外科へ。右手の痛みはとれたが、今度は左手首。こっち痛いんですよというと、「あ、こっちも腱鞘炎ですね」え?頸椎ヘルニアじゃなかったの? 「あきらかに腱鞘炎です」はあ、そうなんですか、と湿布をもらって帰ってくる。

やけに寒い。昼近いのに10度だ。いったいいつまで寒いんだろう。食材を買い、帰るとすぐに昼食の準備。寒い(ストーブつけても)と、どうも元気がでない。午後、ソファに横になって白州正子を読む。

花豆を煮る

何一つ不自由のない優雅な家庭に生まれ、自由にわがままいっぱい育った娘が生涯において、何を望み何を求め生きたのか。それを知りたい。それにしても白州のエッセイの中には、夫白州次郎は出てこない。家族も出てこない。出て来るのはもっぱら、青山二郎と小林秀雄。

その小林秀雄の「無常といふ事」についてこう書いている。

「小林さんの眼は、透明であっても冷たくはない。その鋭い言葉は、歯切れはよくとも、決して人をつきささない。まるで散歩にでも誘う様に知らず知らず何処かへ連れてゆく」そして次の引用「生きている人間などといふものは、どうも仕方のない代物だな」「してみると、生きてる人間とは、人間になりつつある一種の動物かな。」そうかそうか。こんな私でもいいのだなと、にやり。

桃の花4/28

青山二郎、小林秀雄、中原中也、中也の恋人、武原はん、大岡昇平、河上徹太郎、文壇の中核をなす男たちの友情と熾烈な人間模様の中で、白州は眼を皿のようにして人間をみ、本物とは何かを探ったのだろう。そのゆるぎない眼はお能で体得したもの。お能をみる様に、私は本を読み、絵や彫刻をみる、といっている。

自分の色。「一生に一つ、ほんとうに似合う物が見つかったら大出来だ」そうか、はて私は? 好きな色は濃紺だが、はたして、ほんとうに似合う色となるとわからない。ほんとうに似合う色は、自分でみつけるもの? それとも他人の眼?? それさえもわからないんじゃ、先はとおいなあ、やれやれ。

梅がいっぱい咲いた

コメントをどうぞ

検索
コメントの書き方
コメントの書き方がわからない時は
こちらをご覧下さい。