野田村保育所奇跡の脱出
2011/04/06
感謝!感謝!
子どもの本の出版社チャイルド本社のKさんからの物資を届けに・・・
役場にいって訊くと、津波で流された野田村保育所は、きのうから旧新山保育所に場所を移したという。
ゆず茶とレモンも入って
野田駅から北に車で5分ぐらい。かすかな記憶をもとに新山の曲がりくねった道を
上っていくと、ありました。保育所が。
津波のとき、子どもたちはどんな様子だったのか、聴く。
借りの保育所で
その日は津波訓練の日で、昼寝中の子どもたちをいつもより早めに起こし、着替えをさせていたという。 地震がきて、職員総掛かりで子どもたちに上着を着せ、靴をはかせ、乳児さんはおんぶし、小さな子を避難車(うばぐるまの大きいの)にのせ、全員歩いて(走って)指定された避難所げんべい坂へと逃げた。
最後にのこった職員2人は、調理場の揚げ物の後始末をし、火の回りの点検をしていた。たまたま迎えにきた父母の声で外に出てみると、津波が堤防を越え集落に迫ってくるのが見える。それで、必死で逃げたという。
間一髪というところで、人家の二階に駆け上がり、危うく命をとりとめた。二階に駆け上がると同時に、どーっと津波が来て、あとで気がついたときは、一階は何もなくなりすっからかんになっていたそうだ。回りの家々はみな崩壊したのに、その家はかろうじて残り、2人の命を救った。
子どもたちは、だれも泣きませんでした。
みんな、先生の言うことを聞いて、りっぱでした。
子どもごころにも、何かを感じたのでしょうか。
ほんとうに、りっぱでしたよ。
全国からよせられたメッセージ
野田村保育所(園児94人、職員18名)みな無事に脱出。
避難訓練 月一回実施 地震、津波、火災への対応の訓練を重ねていた。
避難場所には、15分以内に到着する訓練をしていた。
保育所はあとかたもないが、尊い小さな命はみな無事だった。





















