野田村、被災地の今4 ボランティアへ

さあ、ボランティアへ

4月2日(土)くもり/肌寒い日です。

若夫婦2組と、とおくから来たマッケンジー夫妻と、わたしと夫の8人の支援ボランティアです。

スコップ持参で、おにぎりもって、準備万端です。

知人のT宅を集中的に片付ける予定です。

一階はどっぶり泥に奔流された様子。重厚でどっしり重い仏壇がぷかぷか浮いて流されていたといいます。

玄関の重い扉は怪力でへしおったように壊れ、南側のガラス戸は吹き飛んでなくなっています。家の中は壁に大きな穴がぼこぼこあき、浴室も台所も見る影もありません。

この日は総勢10人、主に小屋と外回りを男性陣が、中を女性陣が受け持って作業開始。

散乱していた泥だらけの玄関がやっと玄関らしくなってきました。白いクロスの壁には津波の後がくっきりと印されています。家の中で約2m。一波二波と二本の線がくっきりと。一波よりも二波のほうが大きかったのです。

一波のあと、犬をたすけようとして戻り、亡くなった人もいるとききます。

本町の町並みは消え、旭町の家並みは跡形もない

本町より東の旭町の人たちが、ぞろぞろと逃げて来るのをみて、外にいたTさんも逃げたそうです。

みんないつもと揺れがちがうので逃げたといいます。それでも、まさかこんな津波がくるとは・・・とみな口をそろえていいます。

役場前役場前

 

野田村約1600戸。小さな村の中心部と、海よりの米田地区、南浜地区が全壊半壊となる。まだはっきりとした被害状況はでていない、約300〜400戸の家が津波におそわれた。

信じられない現実が、目の前にひろがる。自然はまごうことなく生きている。人間が忘れたころ人間の強欲に破壊的な力で刃をむけるのだ。けれども、被害に哭いているのは文明の恩恵からはるかにとおい、忍耐強く風土と共に生きる口数の少ない人々なのだ。

九戸村から届いたおにぎり九戸村からのおにぎり

 

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