わたしの村は一瞬のうちに津波に
2011/03/15わたしの故郷、野田村は無惨なすがたになっていました。
あの橋の上に屋根があったといいます。橋をわたると野田の商店街です。
橋のむこうに海があり、防波堤も水門もバイパスも飛び越えて、津波が町を呑み込みました。
【お願い】
久慈および野田地区は、以下のものがありません。
どうか、支援の手をください。
水がありません。
米もパンもありません。
食料がありません。
マスクもタオルもありません。
灯油がありません。
ガソリンがありません。
着るものがありません。
まったなしの現状です。
どうか、ご支援くださいますようお願いいたします。
わたしは野田村の手前(西)の宇部町に住んでいます。
きのうは、おにぎりや食料品を持って母や叔母を回りました。
今日は障害の子をもつ知人に食料を届けたいと訊ね歩きました。
悲しくて、ブログなんか書きたくないのですが、現状を知ってもらうために書きます。
他地区はもっともっと悲惨かもしれません。ごめんなさい。黙祷























