‘2011/03’ カテゴリーのアーカイブ

どなたかわかったら教えてください。

2011/03/17

【お願い】

仙台市、多賀城八幡に住む、八幡飯店 佐藤明巳さんの安否が確認できないでいます。

どなたか、わかりましたら教えてください。

わたしはツイッターをしていないので、みなさんのネットワークで確認ができたらと願っています。

どうかよろしくお願いします。             宇部京子

久慈は水道がでました

2011/03/16

今朝は寒い朝です。

冷たい雪が降っています。

昨夜、五日ぶりで水道がでました。

電話も遠方からたくさんいただきました。

九州の真澄さん、

ご親戚の中野亀太郎さんご一家はみな無事です!親戚の家に避難しています。食べ物がないというので、乾麺などのお裾分けしました。

灯油が手に入らないので、寒さはこたえます。幸い我が家は薪ストーブなので

申し訳ないぐらい助かっているのですが、滝沢の娘はぶるぶるふるえていることでしょう。

ガソリンがないので移動ができません。

職場にも行けないという状態になってきています。

断水のあいだ、井戸水がとても重宝しました。見知らぬ人まで、水を汲んでいきました。井戸があってよかったです。

お米に限りがあるので、ストーブでスコーンを焼きました。50個ぐらい。

おそばを煮て、おとなりの郵便局の方々にお昼をもっていきました。

おせっかいかなあとおもいながら。でも、緊急事態なんだから、よけいなことは考えないで出来る事をします。

 

 

いのちの石段

2011/03/16

 

14日。きのうのつづき。

リックサックを背負い土手をおり、愛宕山の通りにでる。

ここは子ども時代のわたしがいた場所。りっぱすぎる鳥居ができて町並みはすっかりかわったけど、あの頃の風はまだ吹いている。

あの大きな鳥居のむこうは、お米やさんがあり、家具屋さんがあり、呉服屋さんがあり自転車屋さんがあり、銀行があり、病院があった。ずいぶん変わってしまったけど、津波は面影もろとも砕いていった。

わたしが立っている場所は昔は川だった。

そのむこうに町の人々のいのちを救った愛宕山がある。上には愛宕神社。

ここまでたどりつけた人、たどりつけなかった人・・・・・

それをおもうと胸が痛む、・・・・いのちの石段。

母がよく言っていた。大津波がきて、愛宕山に逃げたって。タンスや丸太がごーごーと流れてきたって。あれ、ほんとだったんだね。こんなふうに。

心配だったKさんの家族は無事。会えなかったけど、避難所で確かめる。奥さんとお子さんは久慈を出てご実家のほうへ行ったという。よかった!

一日一日と事態は変わり、被災地だけではなくどこもガソリンも食料もないようですね。東北のじょっぱりでこの危機を乗り越えていきましょう。

たくさんの方からご心配、またできることはなんでもするとお声をいただきました。ほんとうにありがとうございます。けれども、流通がうまくいかないようです。お気持ちに支えられながらわたしも頑張ります。皆様もどうか頑張ってください。こころから感謝!!

 

15日。夫の職場に、被災をうけた職員の人たちがきている。

食べ物がおもうように手にはいらないという。きょうは大ナベで、ひっつみでも作ろう。こういうことは、おちゃのこさいさい。あっという間にできちゃうんですね。

あつあつ食べさせたくて,すっかり写真とるのわすれちゃった。

 

 

 

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