‘野田村、被災地の今’ カテゴリーのアーカイブ

野田村図書館開館まであとすこし

2012/05/02

4月16日(月)絵本プロジェクトいわての赤沢さんはじめ5人の方が大型トラックに絵本を積んでやってきました。1年かかって、たくさんの人たちの手を借りて選別され、新品同様の装いになって、到着した大量の本。

コンテナに整然と並んだ本はみな晴れがましくうれしそうです!

小さな村にようこそ!

たくさんの絵本たち、きてくれて、ありがとう!!

絵本プロジェクトいわてのボランティアのみなさん、盛岡大学の学生さん、滝沢近辺の一般のボランティアの方々、盛岡大図書館の先生方、ほんとうにありがとうございました。

増設された部屋

木のにおい!

いろいろありまして、ブログの更新が遅れおくれでありんすよ。すみません!

山羊座A型としては、ありえないことですが、みんなおせおせになっています。これはエネルギーの欠如かはたまた年のせいかというところですが、からだのペースにあわせてやっていきますね。

さて、久しぶりで敬愛する内田樹の研究室ののぞいたら、いいこと書いてありました。じゃじゃん、コピペです!!

本は学ぶ場。わたしのように田舎に住んでいると本だけが唯一の学びの場なんです。本を読みましょうね、みなさん!

以下内田樹のブログの抜粋。

学ぶ力には三つの条件があります。
第一は自分自身に対する不全感。自分が非力で、無知で、まだまだ多くのものが欠けている。だから、この欠如を埋めなくてはならないという飢餓感を持つこと。
第二は、その欠如を埋めてくれる「メンター(先達)」を探し当てられる能力。メンターは身近な人でもいいし、外国人でも、故人でも、本や映画の中の人でもいい。生涯にわたる師でなく、ただある場所から別の場所に案内してくれるだけの「渡し守」のような人でもいい。自分を一歩先に連れて行ってくれる人はすべてたいせつなメンターです。
第三が、オープンマインド。人をして「教える気にさせる」力です。素直さと言ってもいいし、もっと平たく「愛嬌」と言ってもいい。
この三つの条件をまとめると、「学びたいことがあります。教えて下さい。お願いします」という文になります。
これが「学びのマジックワード」です。
これをさらっと口に出せる人はどこまでも成長することができる。この言葉を惜しむ人は学ぶことができません。学ぶ力には年齢にも社会的地位にも関係がありません。

 

「瓦礫の中から言葉を」辺見庸

2012/04/25

伯母が亡くなった。亡くなった当日(4月17日)、わたしは眼に漂白剤が飛び散って入り、いままさに危篤状態の伯母の死に目に会うこともなく同じ病院の同じ階の眼科の寝台の上で、ダーダーと水を眼にかけられていた。

「最悪の場合失明」医者にそういわれた。

眼の表面はぼろぼろで最悪と最初にはなった医者の言葉に動転した。よもやそれが失明と直結するとは。眼はまっ赤で黒目は緑色に変色していた。

翌朝、おそるおそる眼を開ける。左目を手でふさぎ、右目がみえるかどうか確かめる。下半分がぼやっと霞むが視力はある。つぎの日もまた確かめる。霞んではいるが見えることは見える。眼の緑が薄らいでいる。そんな中で納棺をし、火葬をおえ、葬儀を終えた。

伯母は89歳。100まで生きるだろうとみんな思っていた。津波で一階が波をかぶり、新築の着工が数日後にせまっていた。友人知人のいる住み慣れたあの場所に帰って、好きなことをして好きなようにくらしたいと切望していた。それもあとすこしだったのに。

どうしても辺見庸の本が読みたかった。2冊さがしてもらったが1冊しか手に入らなかった。きのうと今日で読み終えた。震災後やっとたどりついた言葉の真実。どこかなにか全てのことに違和感を感じていた。1年を過ぎて、なんだろうこの空疎感は。そしてこの空疎感をどうつかめばいいのだろう。

「瓦礫の中から言葉を」辺見庸、NHK出版新書。うわべのひらひらの言葉からはるかにとおいこの本は、「ごまかすんじゃないよ」とそう語りかけてくる。

 

 

野田港1年と1ヶ月の姿

2012/04/10

船が少しふえて

こわれた防波堤の工事がつづく

強い風とカモメ

しばらく来ないうちにホタテの建物が

港復興の工事がさかんに進められている。青い空と青い海。潮の香。

 

 

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