‘2011/11’ カテゴリーのアーカイブ

巣子の家オープンです!

2011/11/22

娘夫婦の家が完成しました。

小学校からの親友ヨーコちゃんの設計です。

新築前の古い家は、使い勝手のわるいとっても寒い家でした。

ヨーコちゃんは数年前から、この家をどうしようかとあれやこれやと策を練ってくれていました。そのヨーコちゃんの民家第1号の設計です。古民家で定評の番匠さんが、趣向をこらして建ててくれました。

オープンハウスは明日23日と26、27日(土日)です。先週の土日もたくさんの人が見学に訪れたとのこと。

こだわりは、収納。台所脇の食品庫。階段下のかくれ倉庫。土間兼玄関。二階のひろいテラス。そしてなんといっても一番は、岩手山とその下につらなる絵のような風景が見渡せる奥の書斎。

ぜひ、足を運んでご覧くださいね。

それと、薪ストーブ。ぽかぽかして気持ちいいですから、どうしてもいれたかったみたいです。

元気な暮らしは、気持ちのいい住まいから。ですね!

大槌町へ

2011/11/20

 

今日はあったかかったです。午後タイヤ交換に。帰り雨が振り出し、なにやら妖しい天気。いいタイミングでタイヤ交換できたみたいです。

 

ジジの一周忌をきのう済ませました。あれやこれやと、準備をして、ひととおりのことを済ませて、ほっ! です。

お葬式もその後のいろんなしきたりやらも、いろいろあって、なにかと大変なことなんですね。なかでも難解なのは、お寺さんのお布施。これがよくわからない。いろいろなので、いろいろですとは、いったいいかほどか? 禅問答みたいでした。

先週は名古屋から詩の編集者の水内喜久雄さんが来県。「リンダリンだがとまらない」(理論社)を世に送り出してくれた方です。ほかにもたくさんのアンソロジーを出してくれました。とってもお世話になっている編集者けん作家さんです。

盛岡から大槌町まで、ご案内しました。といっても娘の運転で。県南の被災地に足を踏み入れるのは始めてでした。

釜石の街中は瓦礫が片付いていないのに、とっても驚きました。まざまざと悲惨な状況が思い出され、胸が締めつけられました。信号も止まったままでした。

大きな町は、それだけ被害も大きく、復旧には時間がかかるのでしょうか。その悲惨な状況を目の当たりに生活をするのは、なかなかつらいものがありますでしょう。

北の小さなな村(野田村)とは、だいぶ違っていました。

 

釜石をぬけると、大槌町に入ります。大きな大きな被害のあった町。その爪痕は今も生々しく、3階建てのコンクリートの建物は気の抜けた亡霊のように立ちすくんでいました。目当てにしてたどり着いた学校には、だれもいません。

防波堤から山までの距離のなんと短いこと。そこに役場があり病院があり、交番があり、住民の暮らしがあったのです。波は疾風怒濤のごとく町をさらい、目の前の小高い山に、ぺったりとはりついていた先祖代々の無数のお墓は粉々に砕け散ったのです。

行方不明のままのお知り合いの方の自宅跡を探しあて、花を手向けた水内さん。遠路は、岸田衿子さんや谷川俊太郎さんや新川和江さんの楽しいエピソードをききながらの旅でした。

ありし日の前浜

2011/11/13

この写真は2010年12月21日に撮影したもの

松林 のむこうに堤防があり、そのむこうに十府ガ浦の海

東屋を下りて

 鮭が遡上しカワセミが飛んでいた川。むこうの森は野鳥の住処だった

青い山の下に見えるのは村を守るための水門

 

 

川の反対側の松林の森

堤防に添った松林と、マレットゴルフ場(?)の芝をはさんで並列につづいていた松林の森。

子どものわたしがいた大事な、思い出の場所。

どこまでもどこまでもうっすらと暗い松の林

津波の3ヶ月前。

波は防波堤を壊し、2つの松林をなぎ倒し、鉄道をめちゃめちゃにし、バイパスを乗り越えて、村の町並みを一掃した。

 

 

8ヶ月が過ぎて、野田村の復旧は急ピッチを増している。ひと月前にくらべてそれは目に見えるほどあきらか。

さて、きょうは野田玉川へ軽トラの冬タイヤをもらいに行ってきた。

道中バイパス沿いに見える前浜は、みちがえるようにきれいになっていた。

散乱していた松や残骸が整然と取り除かれ、ところどころに三角形に積み上げられた松の丸太が見える。この松を利用しようとプロジェクトが立ち上がったそうだ。

壊れた防波堤もとりのぞかれ、そのむこうにうっすらと青い海がみえる。散乱したものがなくなったせいか、当時あった芝の広場や遊歩道や松林のひろびろとした面影がやっとみえるようになった。

積み上げられていた瓦礫の山も時間の経過とともに仕分けされ、鉄くずやコンクリート、針金と分類がされている。悲惨だった風景に、どこかしらさわやかな風が吹き込んでいるようなかんじ。あの情景も人の手でこんなふうに片付いて前進していくのだ。腹の底ですごいなあと思う。ほんとにそう思う。

親戚のおばさんは89歳。家は一階が波をかぶり、取り壊しになった。

おばさんは日々の自分の暮らしを守るため、友人や知人がいる同じ場所に新しい家を建てるという。

それもまた、すごいなあと思う。ささやかな幸せこそ大事、そんなことをしみじみと教えられた8ヶ月。

 

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